9世紀から12世紀まで、日本では京都に都が置かれており、この時代を平安時代と呼びます。
奈良時代までの貴族は、中国から伝わった服をほとんどそのまま着ていましたが、平安時代になると日本独自の文化が発展するようになり、衣類も独自のデザインに変わっていきます。
しかし、考え方は中国から伝わった「身分が高い人ほど動きにくい服を着る」というものが継承されたため、結果的に日本独自の貫頭衣から発展したスタイルを重ね着するという形になりました。
こうして生まれたのが、男性の束帯(そくたい)、女性の十二単です。
一方、庶民は、貫頭衣から発展した前開きで筒袖の服を着ていました。
貴族の服と庶民の服の大きな違いが、袖口の大きさです。
貴族の服は袖口が大きかったため「大袖」と呼ばれ、これに対して庶民の服を「小袖」と呼ぶようになりました。
貴族も、大袖の下に下着として小袖を着ていました。
束帯も十二単も、一番下は小袖と袴という機能的な服装で、その上に大袖を重ね着していたのです。