悉皆(しっかい)

悉皆とは「ことごとくみんな」という意味ですが、着物の世界では「着物に関するあらゆることを引き受けてくれる業者」という意味になります。悉皆屋、悉皆業と言うこともあります。
では呉服店とは何が違うのかという疑問が湧きますが、呉服店は着物を売る店で、悉皆は着物の手入れや加工をする店になります。

たとえば、着物を洗うのは悉皆であって、呉服店ではありません。
しかし現在では、いきなり悉皆を探し出すことは難しいので、まず、見つけやすい呉服店に相談して、悉皆を紹介してもらうことが多くなっています。
また、別の業種とはいえ、自ら悉皆業を兼ねている呉服店も少なくありません。

悉皆の仕事はさまざまですが、一般の人が依頼する内容としては、丸洗い、しみ抜き、かけはぎなどでしょう。
もう少し大がかりな作業としては、寸法直し、染め替え、紋入れなども行っています。
着物を頻繁に着るようになったら、気軽に頼める悉皆を見つけておくと、いざというときに力になってくれます。

着付師とは

着付師とは、お客様に着物を着せる人のことですが、必ずしも着物を自分で着られない人が依頼するわけではありません。
自分で着ることができる人でも、礼装は着付師に頼むことが多いようです。

平安時代の末期、身分の高い人たちの間で仰々しい形の装束が流行しはじめ、この装束を綺麗に着るために特別な技術が必要になりました。その技術を衣紋道(えもんどう)と言い、技術を持って着付ける人を衣紋者と言います。
この衣紋者が、着付師の始まりと考えられます。

この頃はまだ上流階級だけで必要とされていた職業ですが、江戸時代になって庶民の間で幅広の帯が流行するようになると、帯を一人で結ぶのが難しくなり、現在のような形の着付師が出現したと言われています。
着付師は、最近になって現れた職業ではなく、実は意外に古くからある職業なのです。

なお、京都の舞妓さんの着付けは、ほとんどの場合男性の着付師が行います。
舞妓さんの着物は非常に豪華で重く、着せるにも体力が必要になるためです。

なぜ本によって着付けの方法が違うのか

独学で着付けを覚えようとして、インターネットで検索すると、やり方が違うページがいくつも見つかることがあります。
出版されている本でも、著者が違うとやり方が異なっていることがあります。

着物の着付けに、絶対に正しい手順や方法はありません。
最終的に綺麗に着物を着ることができていれば、それが正しい方法です。
本やWebサイトで説明されているやり方は、それぞれの著者が経験で覚えた一番やりやすいやり方です。
ですから、書く人によって少しずつやり方が異なるのです。
もし、ある本のやり方で上手にできなかったら、別の著者の本を参考にすると、上手にできるようになるかもしれません。

着付け教室の場合、個人が自宅で教えているような所では、やはり先生が一番やりやすいと思った手順を教えます。
大手の教室の場合は、全国一律の方法で教えるために、手順も方法も細かく決められています。
大手の教室の講師を目指すのでなければ、どれでもやりやすい方法でやってよいのだと考えてください。

簡単に着るための工夫

着物を着ることは、慣れれば簡単なのですが、慣れるまでは大変です。
そのため、簡単に着るための工夫が考えられています。

【二部式着物】
着物の上下を分割し、洋服のように着ることができるようにしたものです。
ほとんどの物は一目で二部式とわかってしまうレベルなので、着物の代用としては使われません。
しかし、二部式のデザインそのものを生かし、和風の作業着や新しいタイプの浴衣として使われています。

【二部式作り帯】
胴に巻く部分とお太鼓の部分に分けられた帯で、お太鼓部分はあらかじめ形ができています。
胴の部分を巻いた後、お太鼓を背負って紐で留め、帯揚げでつなぎ目を隠します。
帯結びに慣れていない人だけではなく、手を後ろに回すことが辛い年配の方にも愛用されているそうです。

【一部式作り帯】
「切らない作り帯」と呼ばれるもので、お太鼓部分を糸で縫い止めただけの作り帯です。
お太鼓部分を背負って紐で留め、そこから伸びた帯を胴に巻き、端をお太鼓の下に隠します。その後、隠した端が出てこないように帯締めを締めます。
糸を抜けば元に戻るのが特徴ですが、二部式よりはやや巻きにくいと思います。

昔の帯

昔の帯の中には、現在ではあまり見られなくなったものがあります。

【丸帯】
丸帯は、袋帯の原型とされていて、裏地を使わず全体を帯用の生地で仕立てたものです。
非常に豪華なのですが、その分重く、締めにくいという欠点があり、これを改善したものが袋帯として普及しました。
現在では、花嫁衣装に使われるくらいです。
大きさは袋帯と同じなので、袋帯と同じく二重太鼓か変わり結びにします。

【昼夜帯】
昼夜帯は、今で言うリバーシブルの帯で、一般的には明るい色の布を表に、黒い布を裏に使った帯です。
明るい側を昼、黒い側を夜に例えて昼夜帯と呼ばれています。

昼夜帯はリバーシブルの帯なのですが、裏表を変えて使うのではなく、実は、「引っかけ結び」や「引き抜き結び」という裏が見える結び方をするときに、綺麗に仕上がるように作られたものです。
そのため、このような結び方にちょうど良いよう、現在の名古屋帯よりも長く、袋帯よりは短い長さになっているのが特徴です。

角帯

角帯とは、男性用の帯として最も広く使われているものです。
礼装の袴の下も角帯ですし、浴衣も角帯です。

一般的には幅10センチ、長さ4メートルくらいで、女性用の半幅帯をさらに細くしたようなものです。
素材はさまざまで、女性用の帯に使われている素材ならほとんど角帯にもなります。
博多織献上柄の角帯が最もよく見られますが、博多織でなくてはいけないというわけではなく、軽くて締めやすく、どのような着物にも合わせやすいため最も出回っているというだけです。
あくまでも着物に合い、自分に似合う物を選んでください。

結び方は、主に貝の口になります。
これも、貝の口でなくてはいけないというわけではなく、簡単で緩みにくく、できあがりの形に人気があったために広まったものです。
他には、片ばさみ、一文字、神田結びなどがよく知られています。

なお、角帯の端に房が付いていることがあります。
一般的には切って、端を中に入れ込みますが、飾りとして残しておく人もいます。どちらでも構いません。

兵児帯

兵児帯とは、本来は男性用の帯で、柔らかい大きな布をそのまま帯として使うものです。
最近では、子供用の帯として広く使われるようになり、さらには女性用の浴衣帯としても使われています。

ここ数年の流行である「プチ兵児」は、この兵児帯から着想を得た飾り布で、帯としての機能はほとんどありません。

大きさに規定はありませんが、大体幅50センチ、長さ3.5メートルくらいです。
他の帯と比べてとても柔らかく軽いため、特に子供にとっては体の負担にならないために大変好まれています。
一方で、最も簡略化された形の帯になるため、あくまでも普段着用という扱いになります。
改まった場に締めていくことはできません。

結び方も、他の帯とは異なり、蝶結びが基本になります。
華やかな結び方もできますが、多くは蝶結びの応用です。

補助的な紐を使わず蝶結びだけで留めるため、素材は滑りにくいことが第一です。
一般的には、ちりめん、絞り染めなど、表面に凹凸がある布が使われますが、これは滑りにくくなると同時に、ふんわりとボリュームが出て見た目にも美しくなるためです。

お太鼓

お太鼓とは、現在最も一般的な帯結びの形である「お太鼓結び」の略であり、お太鼓結びをしたときに背中にできる帯の四角い部分のことも指します。
お太鼓の下に出る帯の端は、「たれ」と呼びます。

お太鼓結びには二重太鼓と一重太鼓がありますが、通常、一重太鼓のことは単に「お太鼓」と呼び、特に二重太鼓と対比したいときにだけ「一重太鼓」と言います。
二重太鼓とは、お太鼓の部分で帯が二重になっているという意味で、一重太鼓のお太鼓部分は帯一枚です。

さらに、袋帯の長さが足りなくて二重太鼓ができないときに結ぶ「小鼓太鼓」という結び方もあります。

お太鼓結びの歴史は意外に浅く、江戸時代の末期に亀戸天神の太鼓橋ができたとき、近隣の芸者衆が太鼓橋に似せて帯を結び、渡り初めをしたところ、この帯結びが流行して広まったのが始まりとされています。

お太鼓の大きさは特に決まっていません。着る人の背の高さや好みに応じて変えてよく、流行もあります。また、帯の柄が綺麗に出るということも大切です。

帯の柄の入り方

帯は、柄の入り方によって3種類に分けられます。

【全通柄】
全体に柄が入っています。一般的には繰り返し柄です。
帯のどこが正面になっても、お太鼓になっても構わないので比較的初心者向けですが、全体的に厚みが出やすく重いという難点があります。

【六通柄】
全通柄を簡略化したもので、胴に巻かれて見えなくなる部分を無地の布に替えた帯です。
全通柄よりも安価にでき、締めやすく軽くなるため、現在の主流です。
六通の「六」とは、全体の6割に柄が入っているという意味です。
それほど多くは使われていませんが、全体の4割に柄が入る四通帯というものもあります。

【お太鼓柄】
ポイント柄とも呼ばれます。
お太鼓になる部分にだけ柄が入っている帯で、多くは、それに対応して胴の前の部分(お腹部分)にも柄が入っています。こちらの柄のことは「腹紋」(はらもん)と言います。
絵画的な表現ができるため人気がありますが、締めたときに綺麗に柄を出せるようになるには慣れが必要です。

「着物に紋を入れる」と言ったときの「紋」とは、家紋を指します。
家ごとに代々伝えていくものですが、庶民が家紋を使うようになったのは、江戸時代からだとされています。

家紋のしきたりは地域によって異なり、特に女性が結婚した後、嫁ぎ先の紋を使うか、実家の紋を使うかについては、その家や土地柄によってまちまちです。
そのため、着物に紋を入れる際には、親や義理の親の判断に従います。

日本の中でも、特に関西地方で多く見られるのが「女紋」という習慣です。
これは、母から娘へと継いでいく紋のことですが、他の地域では単純に女性の実家の紋を女紋と言うこともあります。

着物には家紋を入れるものと言っても、貸衣装ではそういうわけにいきません。
また、外国出身者はそもそも家紋を持っていませんし、長い間に家紋がわからなくなってしまったという人もいます。

そのような場合、通紋(とおりもん)と呼ばれる汎用的な紋を使ったり、新しくデザインした紋を使ったりします。
この、通紋や新しい紋を女紋と呼ぶこともあります。